北朝鮮レストランに勤める「女子大生」ウェイターたち。上海で過ごす彼女たちの日々とは?
上海市の北朝鮮レストラン「平壌青柳館」によく行っている。日本人街の古北路に近く、そのため日本人も多いお店だ。先日も用事が近くにあって、帰りに立ち寄った。
初めて平壌青柳館のショーを見てきたので、ショーと合わせて彼女たちのことを綴りたい。何度も来ている内に彼女たちのことが少しずつ分かってきた。
*ショー・タイム。いつもウェイター服で明るく接客してくれる彼女たちが、艶やかな衣装に身を包むと何だかこっちが照れくさくなるような気もする。
*ショー・タイムは、日本人客を中心として15人程度の客が集まった。奥で手を挙げているのは、感極まって「ブラボー」をしている日本人。接待で使っているようだ。
必死に頑張る経営者(ウェイター)たち
ショーを演じるのは、朝鮮から派遣された研修生だ。
このレストランでは、ウェイターも料理人も管理者も、皆で議論して料理やサービスの内容を決める。それはどこの北朝鮮レストランも基本的に同じのようだ。
別の店「平壌アリラン」に行った時だ。店によっては客に退店時にアンケートを行っているところもある。私も頼まれて、アンケートに協力した。
その時に「冷麺の味は普通かな」と言って料理の項目に3点中の2点を書いた。私は北朝鮮が誇る「デドンガンビール」を飲んでほろ酔いだったから、気が大きくなって正直に答えた。
すると、女性ウェイターに「どうして、どうして」と泣きそうな顔で理由を問い詰められたことがあった。日本の居酒屋のバイトにそんなことを言ったところで「上に伝えておきます」だの「ご意見ありがとうございます」等の申し訳程度の反応があるだけだ。彼女たちの働く姿勢は、そういったただの雇われとは違う。
彼女たちは店の経営に必死なのだ。そして、店の料理とサービスは彼女たちの日々の証なのだ。彼女たちは経営に携わる者としての自覚と誇りを持ち、日夜血のにじむ努力をしている。
そして、どの店の料理もサービスも違う。店ごとに個性が溢れているのが北朝鮮レストランの面白いところだ。北朝鮮レストランの運営体制については過去記事を参照のほど。
そうして、彼女たちはここで外国のことやマネジメントを学んで国に帰る。
北朝鮮レストランの中には、外国企業と合弁のところもあるようだ。実際に上海では、北朝鮮人だけではなく、中国人も一緒に働いているレストランも存在する。そういった環境下では、さぞかし異文化とマネジメントについての知識が身に付くことだろう。
ウェイターとして働く彼女たちは、北朝鮮の将来を担うエリートたちだ。単に舞踊と接客技術だけを学んで帰らせるわけがない。
外国との窓口が限定されている北朝鮮において、国営レストランで働くことで国外の事情と組織論を学ぶ「研修制度」は名前だけではない。視野を広げるという意味で、本当の研修の実態があるように思う。
私がもしも彼女たちの立場ならば、この研修制度に申し込んでいたはずだ。
平壌青柳館の女性たちから聞いた色々な話
さて、平壌青柳館の話だ。
ここへは、大学を休学してこちらへ来る学生が多い。そのため、ウェイターの年齢は21歳から24歳までが中心で、若くて綺麗な女性たちばかりだ。
性格も明るく、よく色々なことを話してくれるが、それでも落ち着いた風格を保っている。立派な女性たちであることに太鼓判を押したい。平壌青柳館で勤務するウェイターの数は6、7人だ。
地方から来た学生には会ったことが無い。いずれも平壌出身のイイトコ出の子女ばかりだ。母国に誇りを持ち、話し込むと北朝鮮の良いところを色々と教えてくれる。私は彼女たちから、平壌の発展振りだとか、医療費が無料だとかそういう話を聞いた。平壌では、ラインやWECHATのようなSNSアプリも流行っているという。
そんな彼女たちの大学の専門は「観光旅行学部」ばかりだ。私は平壌青柳館で働く女性ウェイターの内、3、4人と話し込んだが、大学の専門は全て「観光旅行」だった。
彼女たちは国営レストランでの経験を活かして、北朝鮮へ旅行に来た外国人のガイドになるのだろう。ただ、「政府がガイドを振り分けるので、あなたが朝鮮に来ても、私が案内出来るかは分からない」と言う。
話し込んだ馴染みのウェイターたちの中には、もうすぐ三年間の満期が来て帰国する女性もいる。私が北朝鮮を訪れた際には是非とも再会したいものだ。
北朝鮮の国営レストランと聞くと、強制的に労働させられているかのように字ずらから思ってしまうかも知れないが、必ずしもそうだと言い切れない。
確かにプライベートは少ない。私が話した女性は「休日は自分の部屋で小説を読むことばかり」だと言っていた。
だが、ここで働く女性たちは「みんなで外に遊びに行くこともある」と言う。「外滩」や「豫园」などを始めとする有名な上海の観光地に行くこともあるらしい。但し、一人では行動が出来ないようで、集団行動が原則だ。
とはいえ、時おりチマチョゴリを着込んだウェイターが店から出て、路上で一人、客引き(宣伝)をしていることもある。必ずしもキツキツの監視体制に置かれている訳ではない。そこは信頼関係で持っているようだ。
彼女たちが「脱北」しないことを信じることが出来る理由を「洗脳されているから」と捉えるか、彼女たちが「誇りと使命感を持って働いているから」と捉えるかは人によるだろうが、私はここの店を見ていると後者だと言いたくなる。
彼女たちは誇りと笑顔と溌剌さに溢れているからだ。本当に頑張っている女の子たちなのだ。
ラスト・アジア「ノースコリア」の窓口で
ラスト・アジアは北朝鮮なのではないかと思う。
彼女たちが歌う朝鮮の民謡を聴くと日本人の私ですら郷愁を想う。安心感と懐かしさを覚えるメロディーだ。
アジア人ならば分かるだろうこの感覚。桃源郷という言葉で表現されていただろうか。
母胎回帰の本能(すっぽり包まれたい、すっぽり満たされたいという気持ち)が、民謡に歌われる「穏やかな農村」というイメージにあてられて、行ったこともないのに帰りたいと思う。
西洋文明とグローバル化の激しさから少しだけ遠ざかっているこの国にならば、そういった風景が広がっているのではないかと夢想する。
ここで私は、北朝鮮国内の凄惨さに関する報道を無視して言っている。そういったことを想って感傷に浸ることが出来るという意味では、彼女たちのショーには観賞に値する文化的価値があると言いたいのだ。
北朝鮮と日本との窓口は、二つしかない。
一つはツアーを組んで入国すること、二つは北朝鮮レストランに行くことだ。後者ならば、中国を中心としてアジア各国に点在しているし、比較的安く上がる。後者の方がハードルが低いことは間違いない。
だから、先ずはアジア旅行のついでに北朝鮮レストランを覗いてみるのがお勧めだ。そこには生身の北朝鮮人がいる。そこで我々は政治に阻まれた北朝鮮人と交流を持つことが出来るのだ。
先日も夕飯を食べに来た日本人の中年女性グループとウェイター達が仲良く話をしていた。ショー用のチマチョゴリに着替えた彼女たちを見て「とても美しい」と中年女性が言うと、ウェイターの女性は嬉しそうに、にこやかに頷いていた。
よくありがちな国際交流の形式だが、それでも日本から一番遠い北朝鮮との間のそれだからこそ、胸に込み上げてくるものがあった。
ここに来ると、拉致だのミサイルだのと「恐怖の政治国家、北朝鮮」というイメージが和らいでいくのを感じる。彼女たちは恐怖すべき政治的な人種ではなく、尊厳と誇りを持って日々を暮らす生身の人間であり、女の子だ。
我々がレストランで彼女たちと話し込むことは、あちらからしても「敵性国家、悪い国、日本」というイメージを少しでも変えることが出来るかも知れない。是非とも一度、機会を見つけてレストランに行ってみることをお勧めする。
そして、レストランの面白さは既に書いた通りだ。
特に、この平壌青柳館は「北朝鮮の女子大生」が切り盛りしているという点で、多くの人々の好奇心を誘ってしかるべきだろう。
立派な貴婦人(美人)ばっかりですよ?